閉ざされた空間で行われる“教皇選挙(コンクラーベ)”という題材を通じて、宗教の裏にある政治的駆け引き、人間の欲望、そして信仰の本質を問う作品『教皇選挙』。神に仕える者たちの中で揺れる信念と制度の狭間。その静かで重たい葛藤に、私はスクリーンを通して何度も息を呑みました。この記事では、映画の深層を掘り下げ、見どころや考察ポイントをわかりやすく解説していきます。
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【映画】教皇選挙 の魅力|あらすじや見どころをネタバレなしで紹介
<教皇選挙 予告編>

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『教皇選挙』の内容考察
考察ポイント1:聖職者たちの権力闘争と人間臭さ
密室で繰り広げられるコンクラーベの舞台裏
教皇選挙、いわゆる「コンクラーベ」は、文字通り“鍵のかかった密室”で行われる非常に閉ざされた儀式です。映画では、その閉鎖空間に100人を超える枢機卿が集まり、外部との通信手段を断たれ、何日もかけて投票を繰り返す緊張感が生々しく描かれます。
特に印象的だったのは、外の世界と完全に切り離されたその空間で、彼らが“神の意志”という建前と、“自らの立場”や“政治的利害”という本音の間でせめぎ合っていく様子。スマホをいじったり、タバコの吸い殻が落ちていたり、決して聖なる者たちだけの空間ではないのです。
彩度を抑えた背景と法衣の赤・黒がコントラストを成し、荘厳な礼拝堂の中で繰り広げられる人間臭い駆け引きが強調されていました。まるで中世の宗教画がそのまま動き出したようなビジュアルの中で、実に現代的でリアルな“政治ドラマ”が展開していきます。
枢機卿たちの政治的思惑とスキャンダル
表向きには“神の意志”に従って清廉に選出されるはずの教皇選挙ですが、劇中で描かれるのはその理想からかけ離れた現実でした。序盤から登場する有力候補のテデスコとアディエミは、どちらも強烈なキャラクター。テデスコは排他的な保守思想を振りかざし、アディエミに至ってはシスターとの過去の関係が露呈し、選挙から脱落していきます。
また、トランブレ枢機卿が見せたのは、病床の教皇に密かに面会するという不可解な行動と、賄賂による票集めという明確な不正。まさに“選挙”としてのリアルな裏側が次々と暴かれていきます。
これらの人物を通して浮かび上がるのは、聖職者であっても人間である以上、政治力や権謀術数からは逃れられないという現実。むしろ、彼らの姿がどこか滑稽で、人間臭くも哀しく、宗教組織の本質的な矛盾を突きつけられたような感覚でした。
ローレンスの葛藤と「私欲」による変化
ローレンス枢機卿は、最初こそ「私は教皇の器ではない」と繰り返し語り、あくまで選挙管理役に徹する姿勢を崩しませんでした。しかし、選挙が進むにつれ、周囲からの信頼や期待、自分の名が票に書かれ始める現実が、彼の内面に静かに火を灯していきます。
特に印象的だったのは、自分への一票がベニテスによるものだと知った時の動揺。友人ベリーニには「野心を抱いたのではないか」と疑われ、一時は信頼も揺らぎます。それでもローレンスは、その疑いを否定しきれないほど、どこかでその一票を誇らしく思っていた節がある。劇中、彼が自らの名前を投票用紙に記した瞬間、まるで“神の戒め”のように礼拝堂のステンドグラスが爆発し、強烈な衝撃波が彼を襲うシーンが挿入されます。
それは彼の良心と私欲のせめぎ合いが極限に達した象徴のように感じました。一度は欲に足を踏み入れたものの、ローレンスは最終的に“誰が教皇にふさわしいのか”という本質に立ち返り、ある人物に票を投じる決断を下します。信仰者である前に、一人の人間として揺れる彼の姿は、この映画の静かな心臓部だったと感じました。
考察ポイント2:ベニテスの存在が投げかける宗教とジェンダーの本質
インターセックスという存在の衝撃と意味
新たな枢機卿として登場するベニテスは、穏やかな佇まいと敬虔な祈りの姿勢で、周囲の枢機卿たちとは明らかに異なる存在感を放っていました。彼が静かに注目を集めていく過程で、実は“インターセックス(半陰陽)”であるという事実が明らかになります。
驚いたのは、その設定が単なる話題性のためではなく、教皇という存在の本質を問う鍵として非常に有機的に組み込まれていたこと。カトリック教会では、キリストが男性の使徒を選んだことを根拠に、女性は教皇になれないという不文律が根強く存在します。そんな中、ベニテスは「男性」として生きてきたものの、医学的には子宮と卵巣を持つという身体的特徴を持つ人物。まさに“どちらでもあり、どちらでもない”存在です。
彼の身体は、教義に照らせば教皇になる資格がないと見なされかねない。しかし、その精神性や人格、信仰への姿勢において、誰よりも聖職者としての資質を備えていたのは明白でした。性別にとらわれず、神が与えた身体をそのまま受け入れ生きていくという彼の選択が、観る者に「本当に大切なのは何か?」という問いを突きつけてきます。インターセックスという存在を描くことによって、信仰と制度の間に横たわる深い矛盾が浮かび上がってくるのです。
「神の創造」を信じるとはどういうことか
作中で最も考えさせられた問いの一つが、「神の創造とは何か?」というテーマです。ベニテスが教皇候補として注目を浴びた後、その身体的な特徴が明らかになると、多くの枢機卿たちは動揺し、「教皇は男性でなければならない」と主張し始めます。
しかし、よく考えてみると、彼の身体もまた“神が創ったもの”であることに変わりはありません。ローレンスもまたその葛藤に直面します。教義を守ることと、神の創造を信じること。この二つが必ずしも一致しない瞬間に、信仰とは何かという本質が問われるのです。
ベニテス自身が「私はこの身体で生まれ、この身体で神に仕える」と静かに語る場面は、制度や伝統よりも“神が与えたままの姿”を受け入れることの尊さを際立たせていました。形式ではなく本質に目を向けたその姿勢に、多くの信者たちが揺さぶられることになるのは当然だと感じました。
確信と信仰の揺らぎが描く教会の未来
ラストに近づくにつれて、教会内部に根強く残る「確信」が揺らぎ始める様子がはっきりと描かれていきます。たとえば、“教皇は男性でなければならない”という考えがあまりにも当たり前として語られる一方で、それを疑問視する声や沈黙もまた静かに増えていくのです。
ローレンス自身が、ベニテスを教皇に推すという大胆な行動に出たとき、彼が完全に確信をもってその決断をしたわけではないことが表情や仕草から読み取れました。それでも彼は一歩を踏み出した。この描写が象徴するのは、「揺らぎ」こそが信仰の本質なのではないか、という問いです。
教義を盲信するのではなく、時代や人間のリアリティを通して再解釈していこうとする姿勢。それは、決して伝統を壊すのではなく、より深い信仰を模索する営みとも言えるでしょう。教会の未来は、こうした“確信なき確信”の中から立ち上がっていくのかもしれません。

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『教皇選挙』はこんな人におすすめ
宗教制度やカトリックの権力構造に興味がある人
ヴァチカンの内部事情や枢機卿たちの動きに焦点が当てられている本作は、宗教的なテーマにとどまらず、政治と権力構造にも深く切り込んでいます。カトリック教会のヒエラルキーや教義の運用が、登場人物たちの思惑や利害関係によってどのように揺らぎ、操作されていくかが克明に描かれており、そのリアルさに驚かされました。
教皇というポストが、いかにして選ばれるのか。その過程にある密室的な駆け引きや派閥争いは、現実の政界にも通じるものがあります。宗教組織を単なる信仰の場としてではなく、一つの「権力機構」として捉えたい人にとって、この映画は絶好の材料になるはずです。
社会派ドラマ・政治劇・ミステリーが好きな人
政治や権力、制度の裏側を人間の視点から描くドラマが好きな方には、とても刺さる作品です。教皇選挙という特殊な舞台設定ながら、描かれるのは“信念”や“私欲”、“恐れ”といった普遍的な人間ドラマ。密室での駆け引きや裏取引、表では語れない本音のぶつかり合いが、スリリングに展開されていきます。
選挙管理を任された主人公・ローレンスが「正しさ」だけでは割り切れない現実に直面し、徐々に揺れ動いていく様子は、まさに政治劇の醍醐味そのもの。さらに、インターセックスというセンシティブなテーマが物語の核心に据えられていることで、単なる陰謀劇にとどまらず、現代的な社会問題も深く掘り下げています。
『ニュースの天才』『大統領の陰謀』『スポットライト 世紀のスクープ』のような社会派映画が好きな人や、ミステリーとヒューマンドラマの交差点を楽しみたい人にとっては、間違いなく観る価値があると感じました。

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『教皇選挙』作品情報
解説・あらすじ
第95回アカデミー賞で国際長編映画賞ほか4部門を受賞した「西部戦線異状なし」のエドワード・ベルガー監督が、ローマ教皇選挙の舞台裏と内幕に迫ったミステリー。
全世界14億人以上の信徒を誇るキリスト教最大の教派・カトリック教会。その最高指導者で、バチカン市国の元首であるローマ教皇が亡くなった。新教皇を決める教皇選挙「コンクラーベ」に世界中から100人を超える候補者たちが集まり、システィーナ礼拝堂の閉ざされた扉の向こうで極秘の投票がスタートする。票が割れる中、水面下でさまざまな陰謀、差別、スキャンダルがうごめいていく。選挙を執り仕切ることとなったローレンス枢機卿は、バチカンを震撼させるある秘密を知ることとなる。
ローレンス枢機卿を「シンドラーのリスト」「イングリッシュ・ペイシェント」の名優レイフ・ファインズが演じるほか、「プラダを着た悪魔」のスタンリー・トゥッチ、「スキャンダル」のジョン・リスゴー、「ブルーベルベット」のイザベラ・ロッセリーニらが脇を固める。第97回アカデミー賞で作品、主演男優、助演女優、脚色など計8部門でノミネートされ、脚色賞を受賞した。2024年製作/120分/G/アメリカ・イギリス合作
原題または英題:Conclave
配給:キノフィルムズ
劇場公開日:2025年3月20日
みどころ
一番の見どころは、教皇選挙という密室の儀式を舞台に、宗教、政治、人間心理が複雑に絡み合う重層的なドラマが展開される点です。息の詰まるような空気感、沈黙が意味を持つ視線のやりとり、そして投票用紙一枚に込められた思惑など、緊張感に満ちた場面が続きます。
さらに、ベニテスの登場によって物語は一気に倫理的かつ哲学的な深みを帯びていきます。性別、信仰、資格というテーマが交錯する中で、観客自身にも“もし自分だったらどう判断するか”を問われるような構成になっています。
映像的にも美しく、荘厳な礼拝堂の佇まいや、ステンドグラス越しに差し込む光の演出が、物語の緊張感を一層引き立てていました。静けさと衝撃が交差する演出は、単なる会話劇とは一線を画す見応えがありました。

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まとめ
『教皇選挙』は、宗教というテーマを扱いながらも、その枠を超えて「人間の本質」に迫る重厚な作品でした。密室で進む選挙の緊張感や、聖職者たちのリアルな葛藤、そしてインターセックスという存在を通じて浮かび上がる教会の矛盾。
観ていて何度も、自分ならどう判断するかと考えさせられました。形式や伝統に囚われるのではなく、信仰とは何か、人間とはどうあるべきかを問う映画です。
宗教や政治に詳しくなくても、権力や制度に翻弄される人間の姿に共感できるはず。骨太なテーマを持ちながらもエンタメ性を失わず、深い余韻を残す一本でした。






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